江戸東京たてもの園

〜江戸時代から昭和初期までの歴史的建造物を楽しむ〜

2017年7月11日(火)





今日は先月行った「江戸東京博物館」の分館である「江戸東京たてもの園」に行ってきました。
江戸時代から昭和初期までの、30棟の復元建造物が建ち並んでいて、予想外に楽しいところでした(^ ^)

総走行距離 36596km








ここは小金井公園内にあって、我が家から20kmほどで開園が9時30分なので8時15分に自宅を出て、9時40分に着きました。
第1駐車場は収容台数454台でとても広くてびっくりしました。平日で時期的にも何もないのでガラガラです。




入口の前は広い広場になっていて入園する前から何となくワクワクします(笑)




一般は400円ですが年寄りは200円でした(^ ^)




園内の建物は西ゾーン、センターゾーン、東ゾーンの3つに分かれています。
最初に見たのは2・26事件で暗殺された「高橋是清邸」です。この建物内で暗殺されたそうです。




伊達家が大正時代に東京に建てた屋敷の表門。




上野消防署(旧下谷消防署)の望楼上部で旧所在地では約23.6mの高さがありました。
昭和45年まで使用されていたそうです。子供の頃に近くの消防署にもありました。
昔は高い建物がなかったので見晴らしは良かったでしょうね。




明治時代後期の万世橋交番。移築の時にはトレーラーでそっくり運んだそうです。




昭和37年製造の都電7500型。




今は埼玉県民ですが、生まれも育ちも東京の板橋区で当時は乗り物と言えばこの都電とバスしかありませんでした。
当時はチンチン電車と呼んでいて、巣鴨や後楽園遊園地へ遊びに行くときはこの都電に乗りました。
現在は三ノ輪から早稲田を結ぶ荒川線が走っていますね。




ここは東ゾーンで昔の商家・銭湯・居酒屋などの下町の風情を楽しむことが出来ます。


    

台東区下谷の言問通りにあった居酒屋。キッコーマン醤油のホーロー看板が懐かしいですね。


    

両方の看板は見たことがありませんが東京にあったかな? コーエキカレーなんて知らないなぁ〜・・・。
ボンカレーなら知っているけど(笑)




明治初期に創業した文具店の武居三省堂。神保町にある三省堂とは関係ないようです。




大正時代から、港区白金で営業していた小寺醤油店。







板橋区に住んでいた時は銭湯があったのでたまに子供を連れて行っていました。
自宅の風呂と違って広くて快適なので子供が喜んでいたのを思い出しました。




脱衣場の籠が懐かしいです。女性の脱衣場に入ろうとした時は一瞬躊躇しました(笑)


    

現在の都内の銭湯は460円だそうです。昭和28年の時は15円で当時としては安いのか高いのかどっちだろうか?




今日も気温が上がって汗が吹き出てきますが熱中症にならないように木陰入ってベンチで一休みです。




ここからは西ゾーンでこの建物は田園調布の大川邸で大正14年の建築だそうです。
今見てもとてもモダンで素敵な家です。




昭和12年に板橋区常盤台に建てられた写真場。




平成11年まで信濃町に建っていたデ・ラランデ邸。邸内及びテラスで喫茶、食事が楽しめます。




昭和27年から製造されたボンネットバスです。ベンチの背もたれの看板が懐かしいです。




江戸時代後期に建てられた民家。




ミストシャワーで暑さを多少凌げました(^ ^)




ビジターセンター内にあるミュージアムショップで江戸情緒あふれるグッズ等を販売しています。
今日は暑かったので約2時間ほどで終了しましたがじっくり見ると3時間〜4時間は必要かもしれません。
今まではあまり歴史には興味がありませんでしたが少し暇が出来たので「江戸文化歴史検定」に挑戦してみようかな。
昨年度の1級の合格率は4.4%です。 公認会計士並みの合格率ですね(@_@)
因みに2級は34.2%、3級は55.1%の合格率です。







来年の2月頃が楽しみです(^ ^)




この青空と白い雲を見ると何だか梅雨明けのような感じがしますが・・・。




時計を見ると12時を過ぎていてお腹も空いてきましたが、何だか神保町のキッチン南海のカツカレーが無性に
食べたくなりました(笑)







久し振りに五日市街道を走りましたが、この道路は青春時代によく走ったので懐かしくて涙が出そうになりました。



   



inserted by FC2 system